経営トップはAIがもたらす影響をどのように理解しているか

 

AIへの投資に乗り出したリーダー企業

今や新聞や雑誌で人工知能(AI)に関する記事を見ない日はほとんどありません。雇用への影響やセキュリティー面の懸念を論じたものもあれば、生産性の飛躍的な向上を可能にし、さらには気候変動のような世界規模の難題を解決に導く力になるのではと期待する声もあります。しかし、実際のAIの影響はどうかというと、実態はいくらか異なります。タタコンサルタンシーサービシズ(TCS)は萌芽期にあるこの技術がもたらす影響に早くから強い関心を持ち、その機会と課題、リーダー企業とフォロワー企業など、AIを取り巻く状況の理解に力を注いできました。

一部の企業は先駆者としていち早くAIに大規模な投資を始めています。例えばアップルはこのほど、広告に対する反応の向上を視野に、AIを活用した表情認識技術を持つエモティエントを買収しました。石油・ガス大手のシェルは、顧客からの問合せに対応するオンラインのバーチャルアシスタントを導入しました。一方で、最も高い投資対効果が見込める領域はどこかを見極めようと、様子見の企業もあります。いずれにしても、TCSが13の業界で世界約1,000の意思決定者を対象に行ったグローバルトレンド調査では、企業にはAIに対する圧倒的な期待感があることが明らかになりました。5分の4以上の企業がAIを「不可欠」と考えており、約半数が「変革をもたらす」技術だと捉えています。こうした傾向は欧州と北米で特に顕著に見られました。いずれも近年AI分野への投資をけん引している地域であり、その平均投資額は欧州で7,300万ドル、米国で8,000万ドルに達しています。AIへの投資額は今後大幅に増大すると予想されます。実際、調査が行われた2016年時点では、回答企業の7%が2億5千万ドル以上の投資を予定しており、さらに別の2%は2020年までに10億ドルの資金をAIに投入するとしています。このように、AIへの投資意欲が高まっていること、AIがもたらす影響が認識され始めてきたことを踏まえると、今後のビジネス決定にはAIの影響がますます大きくなっていくと考えられるでしょう。

AIについて企業が念頭に置くべき四つのポイント

第一に、現在AIに投資を行っている企業は有利な立場を手にすることができるということです。AIに最も多額の資金を投入するリーダー企業は、ライバルを一足飛びに追い抜く潜在能力を持つことになります。AIがもたらす変革的な影響力とはそれほどのものなのです。AI技術はまさに転換期にあり、今すぐにでも物事のやり方を大きく変え、AIに投資を行った組織の生産性や効率性に劇的な影響を与えると多くの人が思っているからこそ、これは非常に重要です。比較優位は痛切です。

第二に、AIへの投資は今後明らかに急増するということです。一部の企業からは、AIの価値を認識してはいるものの、AIがどのような領域で最も効果を発揮するのかをいまひとつつかめず、何に投資したらいいのかわからないという声も聞かれます。TCSの調査では、現在最もAIを利用しているのはIT部門であり、回答企業の3分の2以上(68%)がITにAIを利用しています。しかし今後の見通しについて尋ねたところ、業務のほぼ全ての領域でAIの利用が拡大するとの回答が得られました。2020年までに、研究開発、生産、企業運営、戦略立案、人事、流通、購買、法務などの部門に、均等の割合でAIの影響が及ぶと、これらの回答企業は予想しています。その影響範囲は広く、無縁でいられる業務領域はほとんどないように思われます。これは非常に大きな機会であると同時に、意思決定を担う企業幹部にとっては難しいかじ取りを迫られる問題ですが、立ち止まって考えている暇などありません。

第三に、一見するとAIによってネガティブな影響も生じるように思われるが、実際の見通しは明るいという点です。今回の調査では、経営者や社会全体が取り組み解決しなければならない、重大な意図せぬ結果が起こる可能性が示唆されました。AIに対する世の中の理解の促進や、今後のAI研究において順守すべき基準の策定などを目指し、フェイスブック、IBM、グーグル、アマゾン、マイクロソフトなどの名だたる企業がAIに関するパートナーシップを組みましたが、そのこと一つを取っても、技術コミュニティーがこの問題をいかに大きく捉えているかがうかがえます。しかし、認識技術に関する理解を深め、その倫理面での課題などを議論するフレームワークの設立に向けてITセクターが大きな前進を続ける中、ビジネスコミュニティー自体がそれに遅れずについていく必要があります。

AIを巡る最も大きな懸念の一つは、おそらく雇用への影響でしょう。今回の調査では、人々は過剰な不安を抱いているという結果が出ています。AI技術によって自動化される仕事ももちろんあるでしょうが、同時に新たな種類の仕事が生まれるだろうと企業幹部は考えています。企業幹部にとってはるかに重要なのは、どのように従業員にこの技術を取り入れさせ、新たなシステムを会社の意思決定能力の向上に役立て、新たな収益機会の特定に活用するかという点です。

彼らの関心は、既存の雇用をAIに置き換えることではなく、AIの認識能力を使って得られる新たなインサイトを社内で連携し合ってどのように最大限に活用するかという点にあるようです。TCSの調査では、さまざまな企業にヒアリングを行いました。そのうちの一社、AP通信は、AIを使って3,000本以上の四半期決算短信を自動で作成しています。ですが同社の雇用がそれで減ったわけではありません。むしろ、このシステムの導入により、記者はじっくりと思考してより興味深い記事を書くために時間が使えるようになり、またより深い気付きが得られるようになりました。さらに同社では、AI技術を管理し、データをクリーンな状態に保つという新たな雇用も生まれました。取り組むべき重要な課題が全くないと言ったらうそになるでしょう。雇用への影響にも関わる問題ですから、なおさらのことです。しかし今回の調査は、企業幹部たちはより価値が高くより興味が持てる仕事の創出、あるいは全く新しい仕事の創出につながるというプラスの影響を指摘しており、彼らが比較的明るい見通しを持っていることを示唆しています。単純に楽観視するわけにはいきませんが、今回の調査で示された企業幹部らの見解は、人々がAIに対して抱いている悲観的なシナリオの幾つかを覆すようなものでした。

第四のポイントはIT部門自体の在り方です。AIはビジネスの変革を助ける無数の技術分野――IoTやビッグデータ、モバイルアプリケーションなど――の一角にすぎません。さまざまな規模のお客様を支援して感じるのは、これらの活動中のパーツを統合する方法を見つける必要があるということです。簡単な解決策はありませんが、多くの問題はデジタルソリューションやアプリケーション構築の基盤となる強固なデジタルコアを手に入れることで解決できると考えています。そこには、デジタルに対応したシステムから次世代のアプリケーション、そしてクラウドファーストの考えから強固なセキュリティーまで、あらゆるものが含まれますが、同時に強固なデジタルコアを築くというのは、職場環境を正しく整えること、組織が正しい人員やスキルを持つことでもあります。デジタルコアが強化されて初めて、組織はAIを含め新たなデジタルイノベーションを活用してどのような方向に進めるのかを探ることができます。そしてTCSの力が求められているのも、まさにその点――コアの周辺に強力な基盤を築く支援をし、お客様のビジネス課題に合ったデジタルソリューションをどのように開発・進化させていくかという提案をしていくこと――なのです。

パラダイムシフトが導く新しい価値

デジタルトランスフォーメーションの課題や機会に取り組む組織を支援する立場にある者として、私はAIのような新たな動きがビジネスや社会にもたらし得るプラスの影響について、楽観的な考えを持っています。AIがもたらす大きな影響に胸を高鳴らせているのは私たちだけではないと、今回の調査は明らかに示しています。企業はAI技術をどのように使うのが最も良いかを理解し始めていますが、これはたやすいことではありません。一つはっきりしているのは、AIに対する多額の投資がすでに始まっており、企業の事業のあらゆる領域がその影響を受けずにはいられないだろうということです。私たち一人一人がその機会について考え、問題の解決方法を見つける責任を担っています。ですが私個人としては、私たちがこの新たなパラダイムを正しく受け入れることさえできれば、その先には大きな価値が待っていると信じています。





K Ananth Krishnan
タタコンサルタンシーサービシズ CTO


1988年、タタコンサルタンシーサービシズ(TCS)入社。1999年から経営陣に加わる。国内・国際会議の組織委員会、大手ソフトウェア企業、業界団体・行政機関のアドバイザリーボードのメンバーも務め、IEEEのシニアメンバーでもある。アーキテクチャと技術コンサルティングの領域で主席担当を務めたのち、システムマネジメントとシステムソフトウェアグループのヘッドを歴任。現在は、R&Dとイノベーションを統括し、「4Eイノベーション統合モデル」や企業・大学などとの協働ネットワークである「TCSコイノベーションネットワーク(COIN)」といったコンセプトの開発・導入を手掛ける。

※掲載内容は2017年6月時点のものです